もち

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公開延期のお知らせ

2020年4月18日より公開を予定しておりました
映画『もち』につきまして、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、
公開日を延期することを決定いたしましたことお知らせいたします。
作品の公開を楽しみにお待ち頂いていた皆様には、心よりお詫び申し上げます。
今後の公開予定につきましては、決定し次第『もち』公式ホームページにて
お知らせいたします。
何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。

もち予告編

映画もち予告

解説

フィクションなのか、ノンフィクションなのか。
                    実在する人々が演じ、彼らの追体験がドラマになった、奇跡の一作。

日本に古くから伝わる「もち」の文化をモチーフにみずみずしい物語を紡いだのは、多くのCM、MV、ショートフィルムのほか、蒼井優主演の映画『たまたま』(2011)を監督するなど、幅広く活躍する映像ディレクターの小松真弓。小松監督が一関を訪ね、多くの人々と対話をするところからこの映画は始まった。このまちだけでなく、日本の至る所で失われていく文化、伝統、人と人のつながりを残そうとする人々の思いや姿に触れ、オリジナルのストーリーが構想されていった。そして、そこで出会った少女・ユナ(佐藤由奈)。彼女は実際に閉校になる中学校の3年生。彼女たちの中学生活最後の一年を追いながら、感情をできるだけありのままに映し出すために、限りなくノンフィクションに近いフィクションという手法を選択。実在する人物たちが自らの追体験を演じる姿に青春のドラマでありながらドキュメンタリーさながらに彼らの息遣いが感じられ、悲しみも喜びも真に迫る、稀有な映画を完成させた。

物語

大好きな人の声や手、ずっとここにあると思っていたこと。
                    大切なのに、いつか思い出せなくなる日が来るのだろうかー
                    14歳の少女が私たちに問いかける。

800年前の景観とほぼ近い姿が守られてきた岩手県一関市本寺地区。
山々に囲まれ、冬には雪深くなるこの地で、古くから根付いている「もち」の文化。ひとつの臼(うす)でもちをついて、みんなで食べる―それは当たり前のように、ずっと続いて来た習慣。

ここに暮らす中学三年生の少女ユナ。彼女のおばあさんが、ある日亡くなる。
葬儀の日。臼と杵でつく昔ながらの方法でどうしても餅をつきたいと頑なに言い張るおじいちゃんだが、ユナにはその気持ちがわからない。でも、ユナはおじいさんの心の機微を感じてそっと寄り添う。餅というものはただの食べ物ではなく、強く、そして深い意味が込められていたー。

生徒の減少から中学校は閉校が決まり、最後の一年を終えると学校もなくなる。
おばあちゃんの死、閉校とともに友人、憧れの先輩が相次いで離れていく。そんな周囲の変化はユナに「いつか思い出せなくなる」という不安を与える。
そして彼女は問う、「努力しないと忘れてしまうものなんて、なんだか本物じゃないみたい」。

餅をつく文化と共に、その意味すら消えていきそうになっているこのまちで「忘れたくない」気持ちと「思い出せなくなる」現実の狭間を真剣に受け止め、懸命に生きるユナ。寄る辺のない世の中でその姿は、なぜか強く、確かな生き方に思える。それはきっと、日本の今を生きる私たち自身も気持ちと現実の狭間にいるからー。

キャスト

スタッフ紹介

脚本・監督:小松真弓

神奈川県茅ケ崎育ち。武蔵野美術大学卒業後、東北新社企画演出部に入社。 2011年より、フリーランスの映像ディレクターとして活躍する。
生き生きとした表情を引き出す独特の演出や細部美こだわった映像美に定評があり、これまでに500本以上の様々な映像作品を手がけている。
TV-CMの企画・演出を中心に、ミュージッククリップ、ショートムービー、映画、脚本、イラスト、雑誌ディレクションなど、フィールドを広げている。2011年には映画『たまたま』(主演:蒼井優)が劇場公開されている

http://mayumikomatsu.com/

-MV「彗星」(小沢健二)
-SUNTORY 山崎 /「男と女」(小栗旬・水原希子)
ALLFREE「冬 なべ」(山口智子・三浦友和)
-JR 東日本 / JR SKISKI「青春は純白だ」(本田翼・窪田正孝)
-KOSE /雪肌精「消える化粧水?」(新垣結衣)
/ ESPRIQUE「未体験のルージュ」(新垣結衣)・「永遠のBaby肌」「LOVE ROUGE」(安室奈美恵)
-ぐるなび /忘年会はお祭りだ 「忘年会 日本語学校・わたしの家族・好きな人・初めての忘年会」
-日清オイリオ / MCTオイル 「前へ進むワタシ」(長谷川潤)
-JA共済/「イチゴ」「将棋」「保障点検」(有村架純・浜辺美波)
-アサヒグループ食品 /ディアナチュラ「たべるはなんだ」(井川遥)・「もうもてない」(長谷川潤)
/MINTIA「僕とミンティアと」(綾野剛)「私とミンティアと」(北川景子)

UNIQLO/森永乳業/KANEBO / meiji/野村證券/ P&G /TBC/etc…

撮影 :広川泰士

神奈川県茅ケ崎育ち。武蔵野美術大学卒業後、東北新社企画演出部に入社。 神奈川県逗子市生まれ。広告写真、TVコマーシャルなどで活躍する一方、世界各都市での個展、美術展への招待出展で作品を発表している。撮影監督を手掛けた「トニー滝谷」(市川準監督)は世界30余ヵ国で上映され、ロカルノ映画祭において審査員特別賞、国際批評家連盟賞、ヤング審査員賞の3賞同時受賞、他に文部科学大臣賞など受賞多数。

音楽:明星/Akeboshi

明星嘉男によるソロプロジェクト。高校卒業後に渡英し、リバプールの音楽学校LIPAに留学。2002年にミニアルバム「STONED TOWN」でデビュー。2014年には自主レーベル「RoofTop Owl」を設立。2019年6月には8枚目となるミニアルバム「a little boy」をリリース。
主な劇伴作品に『ぐるりのこと。』(08/橋口亮輔監督)、『恋人たち』(05/橋口亮輔監督)、『あめつちの日々』(16/川瀬美香監督)『鈴木家の嘘』(18/野尻克己監督)などの映画で劇伴や主題歌を手がけたほか、数々のCMでも音楽を制作。

http://www.akeboshi.com/

プロダクションノート

地域のプロモーション映像から、普遍的な映画へ

2016年3月、これまで数々のCMやMV、映画などを手がけてきた小松真弓監督が、岩手県一関市の食文化である「もち」を紹介する30秒〜1分くらいのプロモーション映像のオファーを受けたことが始まりだった。オファーしたのは、小松監督の映画『たまたま』をきっかけに知り合ったcolocal(コロカル)の及川卓也統括プロデューサー。オファー当時は、“地域”をテーマにしたWebメディアのcolocalが一関市と組んで、一関市の魅力を紙媒体や映像で伝えようという企画が進行中。小松監督へのオファーはその企画の一環だった。
 それがやがて映画の企画へと発展したのは、ひとえに小松監督の取材力によるものだ。「一関の食文化であるもちについての映像を、というお話だったので最初はもちのつき方の取材などをしていました。でも私の性格上、取材する内にどんどん人間のほうに興味が湧きまして。いつの間にか、もちの取材とは関係なしに会う人会う人に“なんか面白い話はありませんか?”と聞くようになったんです。それで芋づる式に一関の“人”に取材をしていきました」と、小松監督は振り返る。
 取材を通じ、一関市の人々に話を聞いた上で小松監督が気付いたことがある。一つ目は、もちの食文化に代表されるように、一関市では今なお、伝統や人と人との繋がりを大事にする人が多く、古き良き日本人的暮らしが守られているということ。二つ目はそれとは裏腹に、そんな一関市でもやはり現在進行形で人と人との繋がりは薄くなっていき、“なくなっていくもの”もたくさんあるということ。
臼と杵を使う昔ながらの餅つきをする人が少なくなり、神楽などの伝統を継承する人もいなくなってきた。地域の学校も生徒数の減少により閉校となる…。それら“なくなっていくもの”に想いを馳せる小松監督はやがてあるひとりの少女に出会う。もう踊らなくなってしまった伝統の神楽・鶏舞を復活させた一関市の骨寺地域にある、閉校が決まった本寺中学校に通う14歳の少女・佐藤由奈さん(役名:ユナ)だった。
「神楽・鶏舞を復活させた本寺中学校が閉校してしまうと聞き、取材に行ったんです。その時校庭でひとり神楽を踊ってくれたのが由奈でした。その姿が本当に美しくカッコ良かった。彼女が放つ野性味に惹きつけられるものがありました」。
 さらにもう一つ、小松監督を映画製作へと突き動かしたものがある。それは、本寺中学校の周辺を散策していた際に偶然見かけた祭畤大橋(落橋)だった。2008年に起こった岩手・宮城内陸地震の際に真っ二つに折れた祭畤大橋を、災害の教訓を忘れないために折れたままの形で残したものだ。小松監督は祭畤大橋(落橋)を初めて見た当時の心境をこう振り返る。
「山深いところに折れた橋がそのままで残っている。それは本当に恐ろしい光景でした。何も知らずに“危なくないですか? なんでそのままにしているの?”と聞いたら、敢えて教訓として残しているんだと。聞いた瞬間に、自分が気軽に発した問いをとても後悔したとともに恥ずかしく思いました。なくなっていくものは確かに多い。でも、残していかないといけないものもあるんだと。これまではなんとか残ってきたが、今にも消えていきそうな日本の伝統や文化にもその裏に先人によって込められた意味があり、それを知ることがとても大切なんだ。」
 この気付きが脚本執筆の直接的要因になった。小松監督が取材する中で出会った少女・ユナを主人公に、彼女の“中学校生活最後の一年”に寄り添いながら、今を生きるすべての人に響くだろう、“変わりゆく世の中でも残していくべきもの、忘れてはいけない心がある”ことを伝えるストーリーを書き下ろす。この脚本をもとに実際に映画が作られることになった。

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キャストはすべて演技経験のない“土地の人”

 映画『もち』の出演者は主人公のユナを演じる佐藤由奈さんはじめ、全員、物語の舞台である一関市に住む普通の人々だ。 「一関で取材した人が語っていたこと、私が見たもの、感じた人の想い、その今を “残す”ために作るのだから、その土地のにおい、みたいなものを纏っている人たちが出てくれないと意味がないと思ったんです。」と、小松監督はキャスティングの意図を話す。
 演技経験のない人に映画に出てもらおうという訳だから、当然交渉は難航した。主人公の少女ユナを演じる佐藤由奈さんには、当初は一関市の教育委員会と両親に話をしてから話をする、という流れが予定されていたが、小松監督が反対した。それは、もしも自分が由奈さんの立場だったとしたら、周囲の大人たちに固められ、判断されてから話されるのを嫌がるだろうと思ったから。また“断る”という選択肢も由奈さんに与えたかったのだという。
 実際に小松監督は「すごく大変だからやめていい。でも一つだけ言えるのは、確実にその大変さを超えた経験になるから」と由奈さんに伝えたという。その結果、由奈さんは出演を自ら決断。教育委員会や両親の承諾も同時に得て無事出演が決まった。
 小松監督が最も大変な出演交渉だったと振り返るのが、ユナのおじいちゃん役で出演した蓬田稔さんだった。「演技なんてできない」と固辞する蓬田さんに、小松監督は「演技しなくていいです。私に話してくれたことを話してくれればいいから」と何度も自宅へ通って説得。5回目の訪問でようやく出演OKとなった。
 その他にも、ユナの親友・シホ役には実際にユナ役の由奈さんの友人だという佐藤詩萌さんをキャスティングするなど、実際の人間関係を色濃く反映しつつ、交渉を続けることになった。

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地域のプロモーション映像から、普遍的な映画へ

映画『もち』の取材、撮影は2017年4月から2018年の3月、閉校する本寺中学校の最後の卒業式の翌日まで行われた。ユナ役の由奈さんの一年を寄り添う、というものだったため、折々に小松監督と撮影チームは一関へ。季節の移ろいもしっかりと映画に残している。
 さらにその撮影方法が、実にユニーク。小松監督は脚本を書き下ろしたが、撮影時は「脚本はないもの」として進めていったという。それは、演技未経験の人々に作り込んだ演技をしてもらうことが“そのまま残す”という意図に反するものだったから。
そこで、少女ユナを主人公に一年を追うという物語の流れだけは維持しつつ、一つひとつのシーンで具体的にどんなことをするのか、何を話すのかはその都度、現場で小松監督が組み立て、キャストを導いていくことになった。そのとき現場にある空気や状況で、その内容も場所もその都度大きく変化していったが、それを嘆くことなく事実として冷静に「脳をフル回転させて」流れを作っていった。
完成した映画を観ると、ひとつひとつの言葉や行動はとても自然に感じられる。だが、一本の映画としてきちんと構成され、最終的にテーマがストンと落ちてくる。キャストが台詞を覚えることなく、どうしてこんなことができたのか。ふたつのシーンを例に挙げ、少しだけタネ明かしをしてみる。
例えば、ユナとおじいちゃんが小川のほとりで話すシーン。ユナはここで「努力しないとなくなってしまうものなんて、なんだか本物じゃないみたい」と言い、おじいちゃんは「それでも努力が大切なんだよな」と返す。映画のテーマをよく伝える印象的なシーンだ。
このシーンのおじいちゃんの言葉には、演じる蓬田さんが取材の際に小松監督に実際に話してくれたことが多いという。そこで小松監督は、撮影前に「あの時、なんて話してくれていましたっけ?それを由奈に話してみませんか?」などと話しかけた。蓬田さんが自分の言葉を思い出しやすいような環境を整えることが肝心だった。
一方のユナ役の由奈さんに対しては「多分、おじいちゃんがこういう話をしてくれると思う。聞きたくない?」などと語りかけ、由奈さんが「聞きたい」と答えたら、「じゃあその話、聞いてみよう」と導いた。つまり、小松監督の世間話さながらの“再取材”によって、特別な言葉を引き出したというワケだ。
卒業の日に教室で先生が生徒たちに語りかけるシーンも、撮影前の小松監督のキャストへの言葉があればこそ撮ることができたシーン。由奈さんたちの本当の教師である畠山育王先生が、撮影前日に徹夜で書いたというスピーチ原稿を撮影前に読んだ小松監督は、その原稿が“映画になる”ことを意識したものになっていると感じたという。そこで小松監督は「ずっとこの子たちを見てきた先生が最後に語るのが、本当にこの言葉でいいですか?」と畠山先生に話した。その結果、畠山先生は本当に生徒たちに伝えたい言葉を改めて探すことに。15分後、緊張の面持ちで教壇に上がった畠山先生が生徒に語りかける言葉は、飾り気はないけれど確かに生徒たちの心に残るものとなった。
このユナの卒業式の学校のシーンを最後に映画はクランクアップ。小松監督はこう話す。「私は今回“監督”としての仕事でやっていたわけではありません。今、日本だけではなく世界全体で“なくしちゃいけないものがなくなっていっている”ということを伝える、“残す人”としてやっただけなんです。そういう意味では、使命を果たせたかなと思っています」。 ぜひ映画鑑賞後に“残る”想いを大切に胸に留めていただきたい。

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